KEILOG

主に旅。

230日の旅で何を感じたのか。

帰国して1ヶ月が経ちました。あんなに色々感じながら旅をしていたのに、いつのまにかもう思い出になっていることに気づき切ないです。

嬉しいことに帰国してから毎日のように友人と会っていて大変充実しています。

ただ旅についてまだまとめていないことようやく気がついたので、新年度が始まるまでに、記憶が薄れないうちに色々まとめておきます。

 

記録

行った国           23ヶ国

行った都市          54都市

日数             230日

乗ったバス          22台

バスに乗った距離       約13000km

乗せてもらった車       28台

乗せてくれた人        42人

ヒッチハイクで進んだ距離   約3600km

 

南米

留学が終わってスペイン語をある程度身につけてとうとう旅を始めた。

やはりスペイン語をやって本当に良かったと何度も思うことがあった。

だってそれを使うと、アルゼンチン人ともウルグアイ人ともペルー人ともコロンビア人ともコミュニケーションがとれたから。

もし話せなかったらきっと、自分だけの感想でその国の外見だけをなぞるような旅になってしまったんだろう。

そこで暮らす人はどんなことを考えて、どんなものを食べて、何を大切にして生きているのか、それを知ることが自分の中で大事だった。

 

また3度も携帯を盗まれた。友達になったと思った人にiphone6を騙し取られた時は本当に人生を考えた。

世界でも有数の安全な国である日本、その裏側ではこんなことが普通らしい。

それだけでも自分がいかに狭い世界で生きていたかがわかる。

「その国にはその国のルールがある」

確かにそうかもしれない。でも、たとえ地球の裏側ほどの遠さであっても平和になってほしいと願うのは当たり前なことではないか。

今の自分は無力だ。今自分にできることは精一杯生きることだ。

でもいつかきっと何か目に見える援助ができる人間になりたい。

そんなことを考えていた。

 

転機といえばペルーのクスコの日本食レストラン、金太郎の店主である守谷さんと話した時もそう。

大学生ということでご飯の面倒を見てもらったり、大変お世話になったのだが、

守谷さんに将来どうするのか、と聞かれた時に

「〜みたいな仕事は嫌だ。人のためにならない仕事だし、お金のことしか考えていないような人だし。」と答えた。

それに対して、

「それは君の価値観だよ。他の人はそう思わないかもしれないし、君が貧しいところへ寄付したいと言っていることを馬鹿な考えだと思う人もいるかもしれないよ。人のためにならないかどうかはわからないよ。」と言われた。

そこで今までどれだけ自分が、自分の意見を正論だと思って生きてきたかということに気付いた。聞く耳を持つことを学んだ。

 

他にもこんなことがあった。

南米では東洋人は総じてChina(チーナ)と笑いながら声をかけられる。

僕もその経験はたくさんあり、チリからペルーまでの2ヶ月ほど本当に頭を悩ませていた。なんでそんな馬鹿にしてくるのかと。

確かにアジア人差別をする人は南米にたくさんいる。

しかしコロンビアで出会ったLilianaに、

東洋人は区別がつかない、特に南米の人は比較的関心が内に向いていてたまにニュースで見る中国人ぐらいしかわからないから東洋人はみんな中国人だと思う。

みんながチーナチーナいうのは、あなたたちのことに好奇心を持っているだけ。

と教えられた。

やはり、自分の価値観、尺度で生きてきたんだなぁと思った。

 

一人でずっと旅をしたからこそ色々なことをじっくり考えられた2ヶ月半だった。

たくさんの欧米人の旅人とも仲良くなり、後々非常にお世話になる。

スペイン語と英語だけの生活は刺激的だった。

 

まぁとにかく危ない南米を無事抜けられたことでかなり自信がついた(笑)

そして長距離バスに乗った総時間は140時間(笑)

 

北米

どうしてもアメリカに寄りたかったのは、英語を上達させたかったから。

せっかく休学するなら自分のやりたいことを全部やろうと思っていて、その中に英語というテーマがあった。

もともと英語のために留学も考えていたのだが、日本にいながらも英語をペラペラ話せる人も多く、割にあわないと思ってやめた。

そんな偉そうなことを言ったからこそ、アメリカではひたすら現地人たちとコミュニケーションをとることに集中した。

 

また、チリ留学の時にできた友達であるGabrielの家に1ヶ月泊めてもらうことになった。

2人で国立公園をドライブで周る小旅行をしたり、充実した1ヶ月だった。

しかしそこまで深く知り合っていない2人にとって1ヶ月はとても長く、たくさん喧嘩もした。

その中で、1番衝撃を受けたのが文化の違い。

日本人は察するということにとても長けていて、アメリカ人は自己表現をすることに長けていて、そこがどうしても噛み合わない時に喧嘩をした。

もし自分がこの先海外で働きたいなら、仕事以外にもその国の人との付き合い方など学ぶべきことはたくさんある。

 

結局、旅で英語が上達するのかはまた今度書こうと思う。

日本を出る前、昨年3月に受けたTOEICと先日帰国してまもなく受けたのを比較する。 

アメリカはアルコールに関する法年齢が21歳なので、物足りなさはすごくあったがまた次回の楽しみにする。ラスベガスももう一回行かなきゃいけない(笑)

 

欧州

正直とにかく楽しかった。

ポルトガルが本当にいいところだったのは置いといて、

まずポルトガルとスペインの国境からヒッチハイクを始めた。

南米を振り返った時に、このままバスで普通に移動して観光するなら帰った方がいいなと思ったから。

何か成長したいとしつこいくらいに思っていて、自分に一番足りないものってなんだろうと考えた。

それが「根性」だなってわかった時にヒッチハイクをすることにした。

目指すはトルコまで横断。

とりあえずスペインにて、国境の町バダホスから西端のバルセロナまで成功した。

しかしマドリードにいるあたりで、パリでテロが起きたため急遽バルセロナからオランダのアムステルダムまでの飛行機のチケットを取った。

オランダやドイツ、オーストリアでは南米の頃仲良くなった友人たちに泊めてもらい、彼らは学生だったため、その国の大学生の生活を見せてもらった。

結局アムステルダムからクロアチアザグレブまでヒッチハイクで移動することができた。

途中、クリスマスにプラハで日本人旅人が大量に同じ宿に泊まるという奇跡があったり、そこで仲良くなった人と後にブダペストで年越しをしたり、一緒にヒッチハイクをしたり、成り行きに任せると本当に楽しかった。

ヒッチハイク自体もやはり刺激的だった。

日々知らない人に乗せてもらい英語で会話をした。最初のうちは乗せてくれることに猛烈に感謝し、慣れてきて止まってくれない車があると軽く悪態をつく。そうするとそっから2,3時間車が止まってくれなくなる。面白い。

主にガソリンスタンドを拠点にしたので、駅からそこまで大雪の中1時間くらいワタルさん(日本人旅人)と歩いたり、手足の感覚が一切なくなるまで3時間くらい待ったり、始めた瞬間止まってくれる車があったり、今となっては青春すぎる思い出だ(笑)

 唯一残念だったのが、トルコまで横断できなかったことだ。

クロアチアで-10℃の中3時間待ち2台しか止まってくれなくなった時、「残された時間」と「根性」を天秤にかけヒッチハイクをやめることを決めた。

だいたいその寒さの中ヒッチハイクをしてること自体彼らからしたら、頭がおかしいのだろう(笑)

 

その後セルビアにて、一緒に年越しをしたユウくんと合流し、3週間ほど一緒にマケドニアブルガリア、そしてトルコまで泥臭く旅をした。

元からトルコは本当に楽しみで、世界三大料理であるトルコ料理を食べたかったのと、カッパドキアを見てみたかった。それに有数の親日国だ。

行ってみて驚いたのは観光客の数。イスタンブールでテロがあった直後だったにもかかわらずたくさんの観光客があふれていた。

カッパドキアでガイドさんに聞いた話によると、全然こないのは日本人くらいらしい。そしてガイドさんの大半は日本語が話せる為けっこう困っているらしい。

そうはいっても僕が帰国してから大きなテロが2度もあったし、ただただ幸運だったのだろう。

本当にいい国なので、落ち着いたらみんなもいってみてほしい。

 

ヨーロッパでは、節約のため内臓の調子が悪くなるまで節食したり、ヒッチハイクをしたり、「根性は」はかなり鍛えられたと思う。やりすぎな気もするけど(笑)

結局一期一会で、出会った人たちとは連絡が取れていないので、

この恩はこれから日本でもしそういう旅人に出会った時に返していこうと思う。

もちろん泊めてもらえた恩も。

そして今回フランスやイタリア、北欧などお金がないと楽しめない国は行き残したのでいつか行きたい。

 

アジア

アジアといっても行ったのはシンガポールだけ。

そう、シンガポールは僕の第2の故郷。

小学校6年と中学校3年間を過ごしたシンガポールに、世界一周の最後の国として行ってみたかった。ちょうど成人したばかりだし。

5年ぶりのシンガポールはそんなに変わっていなかったように思う。

通っていた中学校にいくと外国人の先生2人だけが残っていて、覚えていてくれた。

くだらないことで悩んでたなぁとか、喧嘩ばっかしてたなぁとか、

いい思い出も良くなかった思い出も一気に思い出して、なんか笑えた。

街中に出て、昔良く遊んでいたショッピングモールとかへ行くと、中学の後輩らしき女の子たちがプリクラを撮ったりしていて、やっぱり変わらないな〜と嬉しかった。

あまりにも懐かしいけど、小さい頃自分が見ていた景色と今では同じ景色でも違って見えた。

 

最後に寄って良かったと思う。本当にくだらない中学生だったので、それを思い出すだけでも成長を感じられて自己満足できる(笑)

シンガポールは自分の原点みたいなものだし、これからも節目には行きたいなと思う。

 

まとめ

思えば幼い頃上海やシンガポールの空港でマットを敷いて寝ているバックパッカーたちを見て、あの人たちは何者だろう、なんかかっこいいと思ったところから、こうやって旅をすることになると決まっていたのかもしれません。

それに高校時代、「世界の絶景」みたいな本を読んで絶対行きたいって思ったことも今思えばきっかけだったのかも。

 

旅は人を素直にさせるといいますが、それは本当だと思います。

外国人はとても無力だし、謙虚にならないと国によっては生きていくことさえできない。

また日常生活のように人間関係で悩むこともなく、精神的なストレスがない分、吸収力がすごいし好奇心もくすぐられます。

 

もともとの僕のテーマは

海外の人の考え方を知る。

自分をみつめて自己成長をする。

将来の夢を見つける。

英語とスペイン語を習得する。

でしたが、程度に差はあれど達成できたかなと思います。

 

では総じて旅で何を得たかと聞かれたら、

人との関わりの大切さとか、どこでも生きていける自信とか、自立心とか、行動力とか、好奇心とかそういった基本的なことです。

でもそんな基本的なことがどれだけ大切かなんて、日常から離れてみないとわからない。

 

もしも悩みがあるとか、やりたいことが見つからない人がいたら、どこでもいいしどのくらいでもいいから旅に出てもいいかもしれません。きっとどれだけ自分が幸せなのかわかるし、悩んでいることなんてちっぽけだって感じると思います。